漆蔵資料館では、石川理紀之助(種苗交換会創設者)、石川翁の師 後藤逸女の名筆を展示しております。
その中から、石川翁に生き方を教えた後藤逸女の和歌を紹介します。
奈良力之助(後の石川理紀之助)は、1863年(文久3年)、19歳の時に自分の意思なく奈良宗家の養子にさせられます。好きな学問を修め、歌道を究めたいと考え、江戸への遊学を願いますが許されませんでした。そこで、このままではとりかえしのつかない人生になってしまうと感じ、家出します。
江戸に向かう途中、湯沢市川連町の後藤逸女(49歳)に出会い、逸女から生き方と和歌を1年間学びます。そして、逸女の短歌【世の中に ありふる憂(う)きも 嬉(うれ)しきも 心一つの さだめなりけり】で、世の中に生きて月日を送るには苦しみも喜びもあるが結局は自分の心で決まるものだと教え諭され、実家(奈良宗家の分家)に戻りました。その後、21歳の時に潟上市の石川家の婿養子となって和歌を続けながら石川家を再興。石川翁が指導した地域は、1都1府1道23県になります。
掲載写真は、逸女筆の和歌の原文と読み方を示しています。
佐藤養助総本店から車で10分ほどの湯沢市川連町の龍泉寺に、石川理紀之助が建立を推進した<孝婦 後藤逸女の碑>があります。
2021.11.20
漆蔵資料館
店長日記